樋口一葉と水仙/2004年 私の一葉忌

2004/11/27


文京区の樋口一葉ゆかりの地をめぐる

 

1、一葉桜木の宿

 

一葉桜木の宿


樋口一葉が4歳から5年間住んだのが東大赤門前にある法真寺の隣だったそうだ。「桜木の宿」と呼び比較的安定し、豊かな少女時代おくったといわれているところ。
毎年命日の11月23日には一葉忌が行われ、お寺の奥にある一葉資料館が無料開放されます。住職さんが一葉好きだったので、ご自分で収集された昔の電気の傘や、人形、本、ポスターなど、雑多なものを見せてくれます。一葉さんがお札になったのを意識してか、今回、中は綺麗に整備されていました。

文京一葉忌

 

 

 

2、伊勢屋質店

質屋伊勢屋

樋口一葉さんの日記に良く出てくる質屋の伊勢屋。「この夜伊せ屋がもとにはしる」と明治26年4月3日の日記に質いれしたことをはじめて記しています。竜泉に引越ししてからもお金に困っては、この伊勢屋に通っています。今まで中は見ることができなかったのですが、これもお札の力なのでしょうか、今回は所有者のご好意ではじめて中を公開して下さり、丁寧な説明までしていただきました。一番私が見たかった所なのでとても嬉しかったです。どんな思いでここに来たのだろう、と思うと胸にじーんときました。ほんとうはもっと静かに見たかったのですが、大勢の人がいっぺんに見る状態だったので何だか騒々しかったのが少し残念でした。 

質屋伊勢屋の中

 

伊勢屋の暖簾

 

 

3、旧居跡

樋口一葉さんは生涯で16回も転居している為、旧居跡といってもたくさんあるのですが、戸主となってから一家を支えたのが、ここ菊坂の家だそうです。質屋の伊勢屋までは5分もかからないところにありました。

 

4、一葉終焉の地

 

樋口一葉終焉の地

最後に住んだのが、ここ丸山福山町(現、西片1-17-8)ここで名作「たけくらべ」や「十三夜」「にごりえ」などを書きあげ、後に「奇跡の14ヶ月」と言われた時を過ごしたところです。数多い引越しの中でここが最後の住まいとなってしまった所です。現在は立派なビルになり、ビルの一階の片隅に昭和27年、平塚らいちょうや岡田八千代らによって建てられた一葉終焉の地の碑が残されています。終焉の地という雰囲気はまるでなくて残念ですが碑が残されているだけでも救いでしたが・・

樋口一葉終焉の地3

 

樋口一葉終焉の地2

       


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