樋口一葉と水仙/一葉さんを偲んでNo2

2001/12/08

 

本郷通りを駒込方向に向かい、言問通りとぶつかったところで、右折する。
じきに弥生坂と暗闇坂の2方向に分かれる。
暗闇坂の方に行くと弥生美術館や竹久夢二美術館があるようだ。
去年それを見つけ、一度行きたいとおもいながらまだ一度も行ったことがない。
今度又来ようと思ってここも今回は見送る。

しばらくして、ここはどこだろう?と道にあった標識を見てみた。
「弥生式土器発掘ゆかりの地」と書いてある。
弥生式土器ということばは、はるか昔に聞いた言葉だが、あららこんなところだったのかと思う。
なんでも明治時代に発掘されたとか書いてあったように思うが記憶が定かではない。

言問通リをしばらく道なりに行くとやたらとお寺の多い道になる。
ここの町名は谷中。
そうだ「谷中の墓地」があるところだ。
あとで地図を見てみたら、このあたりには寛永寺や幸田露伴の小説の舞台となった五重塔跡もあるようだ。
一葉の萩の舎時代の年上の友、田中みの子は谷中に住んでいて、一葉はよくここに遊びに来たらしい。
一葉はみの子の家からの帰り、天王寺のお墓の中を歩くのが好きだったと何かに書いてあった。
今度ゆっくり見に来たいと思うが、墓地の中はちょっと一人では・・

ここをすぎると陸橋にさしかかる。
鶯谷の町が見下ろせる。
ここで陸橋の反対側(日暮里側)にわたらないと自転車は進入禁止になるのだ。
去年もあわてて引き返したっけ。
去年は工事中なのかと思っていたのだが、進入禁止だったのだ。
さっそく信号のところまでひきかえし反対側にわたり、陸橋を降りた。

そして言問通りを右へ右へといくと金杉通リにぶつかる。
言問通リをもっとまっすぐ行くと昭和通リにぶつかり、そのあたりに入谷鬼子母神があるようだ。
私は金杉通リの方へ行く。

金杉という町名は私の父の親戚があったところで懐かしい響きだ。
小さい頃よく連れて行かれた気がする。
もう、そこの叔父さん、叔母さんもこの世にはいない。

金杉通りをキョロキョロしながらまっすぐ行くと昭和通リにぶつかる。
ここからがわかりにくいので、いつも「三ノ輪の駅はどちらですか?」と聞きながら行くのだが、
今度は金杉通りの方に行かないで、言問通りを昭和通りとがぶつかるところまで行ってしまった方がわかりやすそうだ。
あるいは、今回は行過ぎてしまったが金杉通り沿いにある?三島神社を見つけ、
そこを右折して茶屋通りに入った方が一葉記念館はわかりやすいかもしれない。
私はたけくらべの中の「三島さまのかどをまがりてより・・」の三島さまが
こんなところにあるとは思わなかったので気にもかけずに行過ぎてしまった。
失敗したぁと後で思ったのである。

そんなこんなでやっと一葉記念館につく。
なんとか講演の時間には間に合った。
去年はお酉様とぶつかっていて人がたくさんだったが、
今回もけっこうたくさん人が来ていた。
一葉記念館の外に大きなテレビ?といすがいっぱい並べられていた。
来ている方は、やはりお年よりばかりだったが・・「あいつも明治生まれよお」などと楽しそうに話しをしてらしたのがほほえましい。
明治生まれ?それにしてはお元気だぁとビックリ。
今年はこの記念館のすぐそばに真多呂人形のお店がオープンしていた。

一葉祭に来られた人々

 

一葉記念館前の公園にあるたけくらべ記念碑

 

 

いよいよ式がはじまった。
一葉記念館の建設には、地元の有志の方の力が大きかったようだ。
地元の有志の方の熱意に動かされて昭和36年5月11日開館されたそうだ。
女流作家の単独資料館としては日本で初めてのものだったそうだ。
この土地の人々がいかに一葉を愛していたかがよくわかる。

今年は一葉記念館がオープンしてから40周年にあたるそうだ。
「みなさんは何回くらいここにいらっしゃいましたか?」などと聞かれた。
私は何回になるかな?
とぎれとぎれで何回きたのだろうか、もう忘れてしまった。
3年つづけてきてはいるが、前にも何回かは来ている。だが何回だかははっきり覚えていない。
でも確実に30数年前に来ていることだけは確かだ。

いよいよ先生の講演だ。
今回は「一葉の和歌」という題で甲南女子大の山根先生がお話をして下さった。
小説はあっても一葉の和歌の本はあまり見つけられない。
私は前から一葉の和歌が知りたいと思っていたので、とても良かった。

一葉は生涯で5000を超える歌を詠んだそうだ。
歌人として身をたてたかったそうだが、皮肉にも歌人としては一葉の名は知られていない。
一葉が生きていた時代の和歌は<題詠>と言って、歌のタイトルを決めてから歌を詠むというやり方なのだそうだ。
今はこういう方法はとらないそうだ。
萩原朔太郎いわく、一葉の歌はわずかに恋の歌に一葉の気持ちがよくあらわれているだけで
あとはほとんど評価できるものではないそうだ。
でも歌のわからない私にはその違いはよくわからない。


山根先生いわく、一葉の歌には動物が多く出てくるそうだ。
それもあまり歌人が詠まないようなユーモラスな<さる>だとか<きつね><たぬき>などなど
一葉はユーモラスな動物が好きだったようだ。
そしてそれは歌にもあらわれユーモラスな歌も多いそうだ。
根は明るい人だったのだろう。

又、水の音、滝の音、雨の音、あられの音が好きでよく歌に詠んだそうだ。
そして花の中では梅の花が好きだったようだ。
特に梅の花の<匂い>がすきだったようで歌にたくさん詠んでいるそうだ。
一葉は歌を作ることで、言葉遊びを楽しんでいたそうだ。
そして歌人は皆そうなのだそうだが、一葉もやはり上方志向が強かったそうだ。


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