樋口一葉と水仙/マイブログ



マイブログ(折々の記)

 

その時々に感じたことや、樋口一葉に関することなどをとりとめもなく書いています。

読んでいただければ嬉しいです。

 

2017/01/27   あけましておめでとうございます!

法真寺1  法真寺一葉塚

一葉と命名された桜の木  一葉ゆかりの桜木の宿の標識

まごまごしているうちに1月ももうじき終わり。
何か月日が早く過ぎるのを感じます。このまま年を取ってしまうのか〜とあせる気持ちもあります・・・

ところで、私の新しい年は本郷の法真寺詣ではじまりました。いままでとは違って整った?お寺を始めて見て驚きもした。昔の雑然とした一葉資料館はなくなってしまい、少しがっかりしたのですが・・

「樋口一葉ゆかりの桜木の宿」という標識もあり、一葉塚があったことや、<一葉>と名ずけられた桜の木などが植えられていたりとか、整ったお寺もそれはそれで見ごたえはありました。

そして、このお寺の前には、かの有名な大学、東京大学があるので、一度は入ってみたい!と思っていたので思い切って入ってみることにしました。

東大の安田講堂

「安田講堂」。今は静かに堂々とたたずみ周りも穏やかで、学生運動の激しかった頃の面影はもうない。
学生運動が激しかった私の青春時代は、東大入試が行われなかった唯一の年だったと聞いている。

東大はさすがに目指してはいなかったが、この安田講堂に象徴される学生運動激しき頃は、私の人生のターニングポイントでもあった。
学生運動に巻き込まれたら困るということで、私の亡き母は大学進学に猛反対。
その気持ちに勝てる程やりたいものもなかった私は社会人になることを選択した。

もちろん進学したい気持ちはあったし、それなりに勉強もしていた、進路指導の先生には何故進学しないのだ?とも言われた。

でも母親の猛反対を押し切ってまでやりたいものはなかった。しかも自分にはお金もない。

社会人として働き、お金をため、それから自分のやりたいものを見つけよう!と、
単純に、就職担当の先生に勧められるまま、あまり興味もない無難な一流と言われる会社に就職してしまった。

そのあたりからが私の人生の誤ったところかもしれない。と今では思う時もある。

でも、それはそれで自分が選択したことだ。後悔してもしかたないが、でも少しは後悔もある。

我々の学校の特徴でもあった最初から就職を希望する人には卒業論文を書くという課題が課せられた。私にはその方がやりたいことでもあった。

私が選んだ課題はもちろん樋口一葉に関すること。国会図書館や一葉記念館に何度も通い論文を書き上げた。

ほんとは大学進学して、もっときっちり文学を勉強した方が自分にとってもっと意味があったのかもしれないかなと思う時もある。

それにしても自分のやりたいことがないということは不幸なことだ。しかしそれ以上に不幸なのは、たとえやりたいことがあったとしても混乱た世の中では、子供ひとりの力ではやりたいことなどできないということ。

そういう意味でも平和な世の中が一番大切なことなのだと思う。

この2017年が平和であることを心から祈ります。

2016/12/19     今年もあとわずかですね

今年も残りわずかになってきてしまいましたが、ほんとうに色々な事があった年でした。
SMAP解散報道にはじまり、SMAP解散で終わってしまう年になってしまうのだろうか?
何とも寂しい年。
真央ちゃんのスケートも暮れには見れなかったし、ほんとに残念。
でも仕方がないですね、これが世の移り変わりということですかね〜。
亡くなってしまった人とは二度と会うことはできないけれど、
生きてさえいればまた会える。いつかまた見れる。
そう考えれば「人生いろいろ」って感じですかね。 皆さん頑張って下さい!
私もしぶとく頑張ります!

2016/07/14   偶然見つけた真央ちゃんの蝶々夫人の衣装

浅田真央ちゃん蝶々夫人の衣装

用事があって表参道に行ったところ、偶然浅田真央さんが「蝶々夫人」で滑った時の衣装を見つけた。そのお店は石鹸を販売しているお店だったがが、私は肌が弱くベビー石鹸しか使わないので・・と買わずに断ってしまい気がひけたけれど、店員さんが写真とってもいいですよ、と言ってくれたので何枚かとらせていただいた。
そして気がついた。
この蝶々夫人の衣装は帯だけでなく帯〆もしめていたのだということに。
帯らしきものを締めていたのはわかっていたが、まさか帯〆までとは思わなかった。
この衣装を着てあの大変なジャンプを飛んでいたのかと思うとなおさら感激した。さぞかし飛びにくかっただろうなあ。それでも着物のイメージにこだわったのだということがひしひしと伝わってきた。
さらに驚いたことに胸には蝶々の刺繍(?)もしてあった。キラキラかがやいているなとは思っていたが喋々だとは思わなかった。
思わず樋口一葉の「たけくらべ」に出てくる美登利の着物を連想してしまった。改めて真央ちゃんは凄い!と思った。これからもずっと頑張ってほしいなあと思う。

一葉さんと言えば、何気なく見ていた放送大学の番組で樋口一葉の和歌について放送していて思わず見入ってしまった。
きらびやかな令嬢たちの中、着ていくものがない一葉は母親が仕立て直してくれた古着をきてはじめての句会に出席。そしてその句会で一位になった時の短歌が紹介されていた。

<題> 月前の柳 

   打ち靡く 柳をみれば のどかなる おぼろ月夜も 風はありけり

という句だそうだ。急いで書きとめたので間違っているかもしれないが・・・

2016/03/25  久々に一葉さん関係の情報です!

神田明神の近くに「明神あめ 大國屋冶助舗」という飴やさんがあるそうです。私はまだ行ったことはないのですが、そこの店は江戸時代からの老舗の飴店だそうです。そしてあの樋口一葉さんがお母さんへのお土産に買っていったことでも知られているそうです。大國屋冶助舗のむかしながらのあめは心和ませるやさしい味わいが特徴で、黒糖、ニッキ、などの昔ながらの定番から、黄粉、青海苔といった変わり種も楽しいそうです。今度探して行ってみようと思います。

場所は、文京区湯島1−2−12 営業は8時から16時だそうです。

2015/12/28  お帰り!浅田真央ちゃん!

昨日のフィギュアスケート全日本選手権大会を見ていて、久々にこのページを更新したくなった。
私は風邪で熱があったにもかかわらず、真央ちゃんの演技だけは見たかった。
ボーとする頭でテレビをみていたが、ショートプログラムでは「あ〜真央ちゃん大丈夫かな〜」と
ドキドキしながらみていた。が、まさかの5位。これでダメだったら引退しちゃうのかな?と思った。
昨日は「真央ちゃん頑張れ!真央ちゃん頑張れ!」と言っている自分の夢で目がさめた。
それで昨日のフリーの演技は床に伏せながらみていた。トリプルアクセルは失敗したが、
真央ちゃんらしい優雅で華麗な演技でとても感動した。点数なんてどうでもいいじゃない!
と思っていたら、3位にくいこんできた。ほんとにこの真央ちゃんって子には不思議な力があるなと思う。
真央ちゃんなら引退してプロスケーターになってもお客さんは入るだろうし、充分やっていけるだろう。
しかし、世の中には、アイスショーを見に行けない人もいるのだ。
お年寄り、病気の人、お金のない人、介護中の人、子育て中の人、ひきこもりの人などなど。
実は私もそのひとりだ。

私は今年、実母を3か月前に自宅で看取った 。前から具合が悪かったが88歳の高齢にもかかわらず、
毎日買い物に行って 94歳の父の世話を娘たちには面倒かけまいとしてひとりで頑張っていた人だった。
救急車で運ばれた時には、もうすでに末期ガンで脳にも転移し、余命数カ月と宣告された。
病院にもおいてもらえず、自宅療養をせざるをえなかった。でも母にはガンだとは知らせなかった。
最後まで希望を持っていてほしかったから。
できる限りのことをしようと実家に通った。看病している家族のみんなの体力は限界に近かった。
それでも歌や踊りが大好きだった母は、五木ひろしの歌をかけると喜んだ。
べッドの中で手だけを動かして歌に合わせて踊ったりもしていた。
それが亡くなる3日前くらいのことだった。まだ大丈夫だと思っていた矢先、母は突然口があかなくなり、
物が食べられなくなり亡くなった。
医者に言われていたけいれん発作もおこすことなく、血痰も吐くことなくほんとに静かに息をひきとった。
いや、ひきとってくれた。覚悟はしていたのでその時はあまり涙はでなかったが、
今になって母がいなくなってしまい寂しくて時折涙が出てくる。
今まで私の愚痴を聞いてくれて励ましてくれていた母。
その母が死ぬ間際に一番喜んだのは故郷の景色と歌だった。
真央ちゃんの演技が見れたらさぞかし喜んだことだろうと思う。

今の私は残された94歳の父の世話で忙しい。とてもショーなど見に行くゆとりなどない。
でも テレビで放映してくれるから真央ちゃんの演技を見ることができる。
人は必ず老いて死ぬ。これはさけられない事実だということを身近な母の死で悟った。
だから自分がこの世でできる仕事は何かということを認識しながら生きていかなければいけないのだと思う。

転んでも転んでも挑戦し続ける浅田真央ちゃんを私は応援したい。
だから、会場に足を運べない人の為にも、真央ちゃんには自分が納得できるまで現役で頑張ってほしいと願う。
もちろん樋口つながりで樋口新葉さんにも頑張ってもらいたいが・・・

2013/08/14   小泉今日子主演 こまつ座公演「頭痛肩こり樋口一葉」を見ました。

井上ひさしさんのこの本のことは知っていましたが、こまつ座の舞台を見るのははじめてでした。
ある人から教えられて直前で予約し、残り一席ぎりぎりで予約ができました。

NHKの連ドラ<天野春子>役のキョンキョンがとても素敵だなあと思って、見てみようという気になりました。
脇をかためる女優さんもそうそうたるメンバーで当日を楽しみにしていました。
舞台にはやはり樋口一葉の物語らしく原稿用紙が垂れ幕として出てきます。

内容は一葉の日記に書かれている話と一葉の書いた小説のストーリーを織り交ぜた形で進んでいき
「あっ、あれは十三夜のセリフ」「あっ、あれはにごりえのセリフ」「あっ、あれは一葉の日記の中にあった」
と感激しながら見ていました。

そして今回、私が一番面白かったのは、母親の存在。
日記にも母親のことはよく出てくるのだけれど、どうも、いまいち人物像がわからなかっのですが、
今回はじめて「こういう人だったんだ」とはっきり見えてきました。

それにしても一葉の小説は暗い小説ばかりなのに、井上ひさしさんは上手に面白おかしく
見ている人を飽きさせないようにストーリーを組み立てているなあと感心しました。

今回、こまつ座の舞台ははじめて見に行ったけれど若い人が多かったように思います。
こういうように若い人に樋口一葉のことを知ってもらえる機会がもっと増えればいいなあと感じました。
最後の場面では、演じた皆さんに拍手しながら「お疲れ様でした!良い舞台をありがとう!」
と心の中で叫んでいました。そして教えてくれたBさんにもとても感謝です。ありがとう!ありがとう!

2013/05/19    「高幡不動にて」

お天気も良かったので久々に遠出?をしました。
京王線の「高幡不動」まで。お不動様の大きさに圧倒され、新撰組の土方歳三の像がたっているのに感激し、
緑がたくさんある境内を散歩しながら「がらくた市」を見てまわりました。

布を期待して行ったのですが、硬貨ばかりを売っている所で足が止まり、明治のお金はないかしらとさがしました。
するとどうでしょう 「求めよさらば与えられん!」のとおり明治の銅貨を見つけました。
今まで明治のお金はないだろうなあとあきらめていたのだけれど、見つけることができました。
しかも 明治の銅貨の裏には龍の文様があるのをお店の人に教えてもらい、とても感動してしまいました。

2011/04/28   「皇后さまと水仙」

きのう、天皇皇后両陛下が東北の被災地を見舞われたニュースが放映されていました。
その時、被災された方から、美智子皇后様に水仙の花が手渡されました。

阪神淡路大震災の時には、皇后さまが、皇居に咲いていた水仙の花を被災された方に持っていかれたそうです。
その時以来、水仙の花は復興のシンボルとなったそうです。その話は今回私ははじめて知った。

樋口一葉のシンボルも水仙の花。
「たけくらべ」の最後に水仙の花の造花が投げ込まれるシーンがあります。
「どんな境遇にあっても強く逞しく生きろよっ!」という信如から美登利への応援メッセージとも思われる感動的なシーン。
今回の東日本大震災では被災地に逞しくも咲いていた水仙の花だそうですが、
水仙の花が象徴する強さを感じ、思いがけないところから樋口一葉を連想してしまいました。 
一日も早い復興を!と祈らずにはいられない。そんな所からこのホームページのタイトルを「樋口一葉と水仙」と致しました。

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